幸せを包み込む玉子焼のた
めに。伝統技術を守る中村
銅器製作所のモノづくり
幸せを包み込む玉子焼のため
に。伝統技術を守る中村銅器
製作所のモノづくり

2019.07.11

東京都足立区で100年近くにわたり銅鍋を作り続けている「中村銅器製作所」。寸胴鍋、シチュー鍋、天ぷら鍋など、中村銅器製作所の作る鍋は一流の料理人たちがこぞって愛用してきました。その中でも、中村銅器製作所を代表する銅鍋が「玉子焼鍋」。プロだけでなく、一般の家庭にも多くのファンを持つ玉子焼鍋は、その高い技術により、うま味を閉じ込めてふっくらと焼き上げられると、創業当初から愛され、数々のメディアでも取り上げられてきました。

今回は3代目の中村恵一(なかむら・けいいち)さんに、玉子焼鍋の魅力や次の世代へ引き継ぎたいモノづくりの姿勢と想いを伺いました。

自然に進んだ職人の道と自由な教育方針

高校卒業後、中村さんは初代の祖父、2代目の父親と同じ職人の道を選びました。父親から「家業を継げ」と言われることもなく、ごく自然に職人の世界へ足を踏み入れたといいます。

中村 小さいときから、家業の手伝いはしていました。だから高校を卒業したら、そのまま手伝いの延長で、製作所で働くようになったんです。父も同じだったと聞いています。家業を自分の仕事にするにあたって、技術を磨かなくてはなりませんでしたが、修行時代に父から怒られたことは一度もないですね。覚えようとして挑戦し、失敗するのは当たり前。それで怒られたら嫌になりますよね(笑)。失敗してもそこから学び、次にその失敗を繰り返えさなければいいだけです。職人の仕事は口でいくら教えてもできるようにはなりません。何度も失敗して覚えていくものです。

穏やかな口調でこれまでの経歴を語る3代目・中村恵一さん。当時の苦労や、父であり2代目とのエピソードを話してくれた

――現在、中村さんの3人の息子たちも一緒に製作所で働いています。後継者不足に悩む職人が多い中、代々中村家で跡継ぎが途絶えなかったのは、そんな自由な教育方針に秘密があるのかもしれません。伸び伸びと修行できる環境もあり、中村さんは順調に職人として成長していきます。一方で、営業はかなり苦労したそうです。

中村 20歳そこらの若造が小売店に営業に行っても、追い返されるのが当たり前です。父には「名刺だけでもいいからもらってこい」と言われました。あとから電話していたのでしょう。父は旅行先でも、その地方のタウンページを見ては、どういう小売店があるのか調べていました。父からは良いものを作るだけではなく、知ってもらうための努力も必要ということを教わりましたね。

創業当時からの技術を守り続ける大切さ

地道な営業はもちろんですが、中村さんの玉子焼鍋が数多くの料理人から支持されるのは、妥協のない製品開発にあります。愛され続ける玉子焼鍋へのこだわりを熱く語ってもらいました。

中村 うちの玉子焼鍋は、柄の角度が他の製品よりも上向きです。これは築地の料理人から直接意見を聞き、玉子焼を上手くたためる角度になるよう共同開発しました。カスタマイズも自由にできますので、一人ひとりの癖や好みに合わせ調整も可能です。

柄や接続部まで銅100%の玉子焼鍋。築地の料理人と共同開発しただけあって、その使い勝手はお墨付きだ

ーー料理人から大絶賛されている玉子焼鍋。素材は厚みのある銅100%です。鉄やアルミに比べ、銅は熱伝導率が高いので、玉子焼をふんわりと仕上げられます。また、この玉子焼鍋にはもう一つの特徴があります。それは錫(すず)の焼き付けです。大量生産される銅器の鍋では錫メッキが使用されているところ、中村銅器製作所では創業当時から手間の掛かる錫の焼き付けを行なっています。

中村 錫は緑青(サビ)を防ぐためだけでなく、温度調節という重要な役割があります。銅の熱伝導率は極めて高いため、すぐに高温になってしまいますが、錫を焼き付ければ、錫の皮膜が温度の微調整をしてくれます。これが錫メッキの場合、薄くペラペラなので温度調整はできないし、すぐに剥がれてしまいます。一般的な銅鍋の中には、錫の焼き付けをしない銅鍋もあります。しかし、繊細な温度調整が必要な玉子焼は、錫の焼き付けをしたほうが、断然ふっくらと美味しくなります。手間はかかりますが、良いものをちゃんと使ってもらい、美味しい玉子焼を食べてほしいですから、これだけは変えられませんね。

ずっしりとした重みのある錫のインゴット。錫の被膜によって鍋が高温になりすぎないよう温度調節し、ふっくらと美味しい玉子焼が焼きあがる

――玉子焼の味を左右する錫の焼き付けは、1つ1つ手作業で行なわなければなりません。慣れた手付きでテンポよく焼き付けを進めていきますが、製造工程の中でもっとも難しい作業のため中村さんの目は真剣そのものです。

中村 まずは鍋をガスコンロで230℃以上に熱し、錫のインゴットを溶かす。次に溶けた錫を、真綿で均一に鍋の表面に塗っていきます。ムラができないためには速度が重要。あとは真綿の握る強さ。強すぎると真綿が焦げて上手く伸びない。この感覚はやって覚えていくしかないですね。

型を作った銅鍋に錫を焼き付けていく。時間を掛けすぎると焦げやムラができてしまうため、手早く行なうことが重要だ

――錫の焼き付け作業は1時間で鍋20枚ほど。注文が殺到しても玉子焼鍋を大量生産できないわけです。ですがこの20枚は、熟練した技術を持つ中村さんだからできる数。修行中の息子さんは1時間で5枚ほどだといいます。

“幸せに寄り添う”玉子焼鍋を作り続けて

中村さんの玉子焼鍋は一生ものだからこそ、修理の依頼も届きます。大切に使ってくれた証でもあるので、嬉しいことと思いきや、中村さんは「嬉しくないです(笑)」と冗談めかして微笑みながら話します。

中村 一言でいうと大変なんですよね(笑)。油分をとって、錫を落として、銅板の状態に戻してから、また錫の焼き入れをする。新しいものをあげたほうがよっぽど簡単です。でも、修理に出してくれる人にとっては思い出が詰まった鍋ですから。「おばあちゃんの玉子焼が美味しくて忘れられない」と言われたこともあります。代々使ってもらえるので、祖父のつくった鍋が修理に持ち込まれることもありました。祖父の鍋自体は残っていなかったので、修理しながら「いいものつくるな」と感心しましたね。

木の持ち手を付け、完成した玉子焼鍋。接続部には中村銅器製作所の「ND」のロゴが刻印されている

――世界的な和食ブームもあり、中村さんの玉子焼鍋は、海外からの問い合わせも増えているといいます。そこで今後、どのように中村銅器製作所の玉子焼鍋を広めていきたいか、展望をお聞きしました。

中村 これといった展望はないですよ(笑)。強いて言うならば「この先もずっとみなさんに美味しい玉子焼を食べてもらいたい」ということだけです。昔は「巨人・大鵬・玉子焼」って言葉もありましたよね。美味しい玉子焼があれば、それだけで家庭は平和じゃないですか。だから美味しい玉子焼を食べてもらうために、これからも美味しく焼ける鍋を作り続けるだけです。

ユーモアを交えながら想いを語る中村さん。職人自身の笑顔が、モノづくり、玉子焼鍋にも反映されているのだと実感した

ーー家業として4代にわたって、美味しい玉子焼で人を幸せにしたいという想いを受け継いできた中村銅器製作所。想いと共に、確かな技術も伝えられてきたからこそ、中村さんの鍋でつくった玉子を口にしたら、誰もが思わず笑みを浮かべるのでしょう。

取材協力=中村 恵一(中村銅器製作所)

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