一流の〝おもてなし〟を感
じて。「帝国ホテル」で過
ごす日常の中の非日常
一流の〝おもてなし〟を感じ
て。「帝国ホテル」で過ごす
日常の中の非日常

2019.05.30

「洗濯を頼みたい。東京の帝国ホテルでしてくれるような……」

このセリフは1995年(平成7年)に公開された映画「JM」の主演のキアヌ・リーブスが、作品の中でよれよれのスーツを着ている自分の姿を見て思わず発したアドリブで、彼が帝国ホテルのサービスをとても気に入っていたことがわかるエピソードの一つです。

帝国ホテルは、創業から今年で129年。明治から大正、昭和、平成、そして令和と、長きに渡ってホテルという枠を超えた極上のサービスを提供し続けています。今回はそんな帝国ホテルの歴史や建築デザイン、ハリウッドスターをも魅了したホスピタリティ溢れるサービスをじっくりとご紹介いたします。

“日本の迎賓館”の誕生

世界中のセレブに愛される帝国ホテルは、1890年(明治23年)に開業しました。当時の外相だった井上馨は明治維新を成し遂げた日本の象徴として、西洋諸国と遜色のない賓客応接の施設、すなわち“日本の迎賓館”の建設を構想しました。井上が渋沢栄一や大倉喜八郎といった財界人に協力を呼びかけて検討が進められた結果、日本で初めての本格的な西洋式ホテルが鹿鳴館の隣(現在帝国ホテルがある場所)に建築されました。

初代の建物は、ネオ・ルネッサンス様式の木骨煉瓦造で3階建てでした。皇居の外堀の水面にも美しく映えたと伝わる壮麗な姿を設計したのは、数々の日本人建築家を育成したジョサイア・コンドルの愛弟子であり、ドイツに留学したのち海軍省に籍を置いていた渡辺譲です。

その後、老朽化と利用者の増加に対応するため1923年(大正12年)に新たに建てられたのが、20世紀を代表する建築家のフランク・ロイド・ライトが設計した、いわゆる「ライト館」です。大谷石やテラコッタによる重厚な外観、幾何学模様の内装、ライト自らデザインしたイスやテーブルといった室内備品の数々。どこを見ても“芸術家”ライトの息吹が行き渡ったこの建物は「東洋の宝石」とも呼ばれ、世界の建築史においても非常に重要な建築物となりました。

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開業日当日の関東大震災や戦時中の空襲にも耐え抜いたライト館でしたが、老朽化と地盤沈下によって発生するようになった雨漏りや利用者の増加に伴う客室数不足が顕著になると、さすがに建て替えが必要になりました。こうして1950年代に建てられた第三世代と入れ替わるように、ライト館は取り壊されたのです。

愛知県犬山市の博物館「明治村」に移築されたライト館のエントランス。大谷石の彫刻や大空間を抜ける光が、当時の面影を表情豊かに再現する

ちなみに、国内はもとより海外からもライト館の存続を求める声が多く寄せられたこともあり、現在エントランス部分は愛知県犬山市の博物館「明治村」に移築されています。

「変えるべきものを変え、変えてはならないものを守る」姿勢

1970年(昭和45年)に建物は第四世代へと建て代わり、1983年(昭和58年)には現在の帝国ホテルタワー館も完成。このように建物自体は日々の移ろいや日本の発展とともに、文字通り“日本の迎賓館”としての役割を果たすべく姿を変えていきました。

一方で、創業以来唯一守り続けているものがあります。それは「変えるべきものを変え、変えてはならないものを守る」という日々の選択です。

考えてみれば、日本で誰も試みたことのなかった初めての西洋式ホテルです。最初から何もかもがチャレンジの連続であったことは想像に難くありません。その一方で、本来は長い時間をかけて構築していくべき“日本の迎賓館”としてのブランドをいきなり与えられたため、「改革」と「(ブランドの)踏襲」を最初から同時に行なっていかねばなりませんでした。それが「変えるべきものを変え、変えてはならないものを守る」を迫られた理由であり、その積み重ねが今日の帝国ホテルの伝統に繋がっているのです。

例えライト館がどんなに世界的に貴重な建築物だとしても、必要であれば建て替える。日本には築100年以上をうたう老舗旅館も数ある中、帝国ホテルがすでに幾度も建て替えを行なっているのは、そんな日々の選択があるからにほかなりません。

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ホスピタリティ溢れるランドリーサービス

もちろん“建物というハード面”だけではなく、“サービスというソフト面”においても同様です。キアヌ・リーブスを魅了したランドリーサービスには「洗濯物はまず目で洗え」という教えがあるそうです。1日に1,000〜2,000点も集まる洗濯物は一つひとつ人間の目で点検され、ポケットの中に入っているものは小銭や名刺はもちろん、例え走り書きのメモ1枚でも保管され、各部屋に届けられます。

さらにボタンの有無や切れ、破れ、脱色、変色の有無を確認。素材や色別に分け、洗剤や水の温度、乾燥時間など対象に最も適した洗い方を選択します。

水洗いだけで20種類以上のパターンがあり、ボタンが取れそうであれば、ランドリールームに常時保管されているボタンの中から同じものを見つけ、なければ市内を駆け回って探し出し、付け直すというホスピタリティ。また温度設定がしやすい最新のスチームアイロンではなく、50年以上前から使っている電気アイロンが今でも現役です。手間は掛かりますが、木綿や麻のシワを伸ばしたり、絹の微妙な艶を出すのに最適だというのがその理由です。

こうしたきめ細かい気配りは、お客様をおもてなしするために「何を残し、何を変えるか」と、スタッフ一人ひとりが日々考えているからこそできるサービスだと言えるでしょう。

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インテリアに見る伝統

改めて客室のインテリアに目を向ければ、現在の本館7階〜12階の客室は「伝統と革新」をテーマにコーディネートされており、本館14階〜16階のインペリアルフロアは、イギリス人デザイナーのジュリアン・リードが「伝統と現代性の融合」をテーマに手掛けました。まるで「変えるべきものを変え、変えてはならないものを守る」伝統をインテリアにも示しているかのようです。

余談ですが、本館の中2階にあるバーラウンジ「オールドインペリアルバー」には、ライト館から移築された大谷石の壁や当時と同じ幾何学模様を描くテラコッタの壁が使われ、ライト館で使用されていたテーブルとイスも置かれています。

ライトの意志を受け継ぐオールドインペリアルバーのテーブル席。特徴的な六角形のテーブルと椅子の背もたれは、今なお現役で使われている

間もなくやってくる東京オリンピック。帝国ホテルは“日本の迎賓館”として、国内のみならず海外からもたくさんの人々をお迎えすることになりそうです。そんな2020年は、くしくも帝国ホテル創業130周年という記念の年でもあります。

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