洗練された美しき赤煉瓦建
築「京都国立博物館」 そ
の歴史とこれからの未来へ
洗練された美しき赤煉瓦建築
「京都国立博物館」 その歴
史とこれからの未来へ

2019.03.14

年間で約8,700万人もの観光客が訪れる京都。寺院や神社など、古都ならではの建造物が内外のツーリストから注目されていますが、近代的な建築物もまた、見逃せないランドマークになっているのをご存じでしょうか。

それが「京都国立博物館」が誇る赤煉瓦建築「明治古都館」。目に鮮やかな、それでいてシックで落ち着いた色合いを見せる赤煉瓦と黒いスレート屋根が見事なコントラストを演出しています。

博物館のちょうど向かいにある「三十三間堂」とは建築年数の差が700年もあり、京都の名建築物の中では比較的新しい部類に入りますが、洗練された静かなたたずまいからは積み重ねてきた歴史の重みが感じられます。

この地に姿を現した明治から大正、昭和、平成、そして――。時代を越え、人類の叡智を次世代に継いでいく「京都国立博物館」と博物館を象徴する赤煉瓦建築「明治古都館」の物語を紹介します。

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歴史を守るシェルターとして誕生した京都国立博物館

京都国立博物館は文化財の収集・保管・展示を担う博物館ですが、文化財関連の研究、普及活動を行なう京都の一大文化センターとしても機能しています。建物をクローズアップする前に、まずは施設としての来歴を振り返ってみましょう。

近代化の波が押し寄せた明治時代。時代の変化に伴う動乱や人々の価値観の変化を受けて、文化財や美術工芸品が集中していた京都・奈良では多くの寺社で文化財が破損、遺失するという危機が迫っていました。

そこで、それらの貴重な文化財を収蔵・保管する施設の整備が急務となり、京都と奈良に国立博物館を設置することが決まったのです。京都に設置されることになった博物館は、当時「帝国京都博物館」という名称。1892年(明治25年)6月に着工し、3年後の1895年(同28年)10月に竣工しました。

当時の国策の下に整備されていった京都国立博物館ですが、その建築が今もなお高い評価を得ているのは、当時の最先端だった設計や技術を投入しつつ、日本的な要素もしっかり踏まえているところにあると言えます。

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メリハリある建築と自然の調和が生み出す芸術

京都国立博物館の敷地内にたたずむ明治古都館は、17世紀フランスのバロック様式を取り入れた赤煉瓦造り。壮麗な宮殿造りが華やかな印象を醸し出しています。創建当初は本館、陳列館として建てられました。その前方にある正門、七条通りに面した南門に続く塀も、同時期に建設され、かつての雰囲気を残しています。

まずは正門に立ち、正面から明治古都館に向き合ってみましょう。センターに位置する大屋根は優美なカーブを描きますが、そのシルエットを挟むように、こんもりとした2つの山が望めます。屋根の赤煉瓦、そして建物に使われているアイボリーの沢田石は柔らかなトーン。2つの山や手前の樹々、生け垣とゆるやかなグラデーションをつくり出しています。

バロック様式を取り入れた高級感漂う明治古都館(奥)と正門(手前)。その重厚な存在感は、思わず息をのむ美しさ

正門からは大仏殿の石垣、三十三間堂の屋根まで見渡すことができます。それは借景という次元を超え、東山という文化エリアを“丸ごと切り取っている”かのよう。鮮やかな赤煉瓦をキーパーツとして自然に調和した明治古都館の景観は、季節と時間によってさまざまに変化し、見るものを決して飽きさせないのです。

近代建築でありながら、京都・東山の自然に一体化するような景観を形成する設計思想。この絶妙なバランスが、悠久の歴史を誇る古都に見事にマッチし、今日に至るまで京都建築の一角として輝きを保っているのでしょう。

明治古都館に近付くと、京都文化の存在感が一気に増していきます。入り口上にある三角形の破風には、仏教世界で美術・工芸を司る神「毘首羯磨(びしゅかつま)」と「技芸天(ぎげいてん)」の像が彫刻されています。この彫刻を手掛けた竹内久一は、奈良に伝わる仏像彫刻に惹かれて木彫家に転身したというキャリアの持ち主。飛鳥時代、天平時代の息吹を見事に近現代によみがえらせました。

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美術・工芸を司る神「毘首羯磨(びしゅかつま)」(画像左)と「技芸天(ぎげいてん)」(画像右)。それぞれが対応した持ち物を手にしている

色あせることのない洗練された建築美

明治古都館を設計したのは、迎賓館赤坂離宮の設計者でもある片山東熊という建築家です。彼は日本の近代建築に大きな影響を与えたジョサイア・コンドルの薫陶を受け、ヨーロッパ各国で宮廷建築のエッセンスを学びました。

同様に赤煉瓦で知られる東京駅中央駅舎を設計した辰野金吾と並び、日本建築界草創期の立役者として名を残す片山ですが、彼は当時の日本人建築家では異色の存在でした。辰野金吾らがイギリス、ドイツを模範とした産業建築に邁進するなか、ヨーロッパの宮廷文化をそこかしこに感じさせる、フランス由来の優雅な美術センスで建物を設計していったのです。レトロでありながらモダン。優雅で洗練された建築美が彼の設計作品にはあるのです。

1969年(昭和44年)、片山が設計した明治古都館と正門は重要文化財に指定され、歴史的建造物として建築史にその名を刻むことになりました。しかし、過ぎ去りし近代建築の遺跡としてただ立っているわけではありません。現在は免震改修などが進められており、展示は行なわれていませんが、建築物としては今なお現役。京都国立博物館に欠かせないピースになっているのです。

2014年には建築家・谷口吉生氏の設計による新館「平成知新館」が開館し、京都国立博物館の敷地内では明治古都館と共に時を刻んでいます。

2014年に開館した「平成知新館」。明治古都館とは対照的な近未来的なデザインが特徴

京都の過去、現在、そして未来へ――。洗練された“美の結晶”は、新たな時代と共に歩みを進めていくことでしょう。

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