革新を続けることが伝統に
。歴史とアイデアを刻み込
む、堀口徹のモノづくり
革新を続けることが伝統に。
歴史とアイデアを刻み込む、
堀口徹のモノづくり

2019.02.28

1921年の創業から100年近くに渡って受け継がれ続けてきた技術を守る江戸切子職人 ・三代秀石堀口徹(ほりぐち・とおる)さん。堀口家に伝わる切子職人の号「秀石」 の三代を継承し、江戸切子を次の世代へと受け継ぐ姿勢はまさに職人そのもの。今回はそんな堀口さんのモノづくりに込める想いについて伺いました。

その“革新”はいずれ“伝統”に

江戸切子というと、多くの人は矢来文や籠目文、菊繋ぎ文など細やかなカットが施された文様を思い浮かべることでしょう。しかし三代秀石・堀口さんの作品の中にはあえてカットを減らした、シンプルでモダンな造形が多く見受けられます。

シンプルながらも江戸切子の技術が詰まった美しいグラス「縦糸」。すらりと伸びる影が、はっきりとデザインの緻密さを映し出す

ガラスのカットだけではありません。陶器の釉薬(ゆうやく:「うわぐすり」ともいわれる液体を陶磁器に付着させて焼き上げると、表面がガラス質になり、独特の色味が生まれる工法)をヒントに、カットした後に熱を加えて切り口を溶かすという表現方法にも挑戦しました。釉薬によって最後の最後まで色がはっきりとわからない陶器のような「偶発的な面白さ」を江戸切子に取り入れてみたかったそうです。

堀口 「これは江戸切子じゃない」と言われることもあります。実は師匠が得意としてきた八角籠目文など、トラディショナルな文様を刻むのが本当は大好きなんです。その一方で、今の江戸切子にはない、“めちゃくちゃ”攻めた文様まで、レンジの広い江戸切子に対応できるようにしたいとも思うんです。

“めちゃくちゃ”攻めた文様の江戸切子。切子の概念をガラッと変えるモダンなデザイン

ーー実は“めちゃくちゃ”攻めていたのは、江戸切子185年の歴史の中で、堀口さんだけではありませんでした。堀口さんに見せてもらった大正時代の江戸切子は、当時世界中を席巻していたアール・デコの影響が色濃く表れたもので、とてもモダンな意匠です。

堀口 大正から昭和初期にかけての江戸切子の中には、自分ですら「何だこれ?」と思うような作品があります。こうやって歴史をひもといて勉強してみたら、かえって自信がつきました。

ーーそもそも江戸切子には「こういう作り方やデザインであるべき」という定義はありません。「江戸切子」を登録商標している江戸切子協同組合では次の4つを江戸切子の条件としています。

1. ガラスである
2. 手作業
3. 主に回転道具を使用する
4. 指定された区域(※江東区を中心とした関東一円)で生産されている

つまりこの条件さえ守られていれば、堀口さんが手掛ける革新的な作品も、伝統的な意匠の作品と等しく、「江戸切子」だと言えるのです。

堀口 “伝統”と“革新”という言葉は対義語と捉えられることが多いと思いますが、自分からすると同義語なんです。“革新”を日々続けていけば、それが常態となり、“伝統”としてつながれるのだと思います。

ーー堀口さんでも驚くような江戸切子が大正から昭和初期にかけて作られていたように、意匠は時代と共に移ろうもの。だから伝統には「残す・加える・省く」が重要だといいます。

伝統と革新は同義。そんな豊かな考え方が独創的なモノづくりに生かされている

堀口 良いところは残し、必要であれば付け加え、不必要ならたとえ今まで大切にしてきたものであっても勇気をもって省く。常に取捨選択を意識することで、江戸切子は時代が変わっても使い手から求められる存在であり続けることができるのだと思います。求め続けられるということは商売として続けられるということであり、それが結果的に伝統になるのではないでしょうか。

ーーでは堀口さんにとっての江戸切子で、守るべき最低限のことは何でしょうか。

堀口 ガラスを加工し、使い手を驚かせて、魅了すること。最近はそこが江戸切子の本質じゃないかと考えています。

江戸切子を次世代へ受け継ぐために

ーーそんな堀口さんが率いる堀口切子には現在、職人がもう2人います。1人は女性の三澤さん、もう1人は男性の坂本さん。堀口切子では入社時に「1人が必ず1人以上の後継者を育てること」という約束をすることになっているそうです。

三澤世奈さん(画像左)と坂本優輝さん(画像右)。ホワイトベースと呼ばれる工房で日々技術を磨いている

堀口 全盛期には700人以上いたといわれる江戸切子の職人ですが、今は100人ほどにまで減っています。100人が1人ずつ弟子をとれば、少なくとも100人より減ることはありません。「この仕事も俺の代でおしまいだ」なんて無責任なことは決して言いたくないんです。だから自分が三澤を指導して、三澤が坂本の面倒をみるのが基本。ただ自分は、例えば自分が失敗した場合、すぐに二人へ声をかけ、失敗の原因やどうすればよかったのかなど、失敗の解説をするようにしています。本当は失敗をさらけ出すなんて嫌だけど、自分もまだ発展途上だから、こうやって試行錯誤している姿や過程も全て見せておきたいんですよ。

「失敗をさらけ出すのは嫌ですけどね」と笑いながら語る。その柔らかな表情は、次の世代への期待と信頼に満ちていた

ーーそうした職人としての姿を全て伝えることもまた、継承なのではないでしょうか。実際、堀口さん自身も師匠である二代目秀石のある姿が忘れられないといいます。

堀口 二代目秀石は89歳で亡くなりしたが、その直前まで作品作りに取り組んでいました。白内障などの影響で朝の15分と、昼寝後の15分しか手元がよく見えないから、一日合計30分だけと自身で決めて。

ーー恐らく15分が16分、17分と少し延びたとしても、いきなり目の中のシャッターが降りるわけではないでしょうから、視界はそんなには変わらないはず。それでも必ず15分でスパッとやめて、本来なら数日で終える作業を数ヶ月かけてでも、最後の最後まで作品作りに取り組んでいたそうです。

堀口 80代後半になってもここまで自分を律し、追い求めるものに向かってガラスを切れるのか。自分に置き換えた途端、ゾッとしました。亡くなられた今となっては非常に良いものをみせていただいたと思っています。

ーー堀口さんは現在42歳。弟子をとったのは30代の頃、これは業界的には明らかに早いのだといいます。しかし、早くから弟子を取り、一緒になって試行錯誤していくことで、弟子に見せられる姿も世界も違ってきます。

モノづくりへの想いを語るときは職人の目に。世間話をするときはユーモアを交えて。そんな温かい“兄貴”のような江戸切子職人堀口さん

“伝統”と“革新”、「残す・加える・省く」、ガラスを切る真摯な姿……技術を伝えるだけが伝統を受け継ぐことではない。そんな大切なことを堀口さんに教えていただきました。

取材協力=堀口徹(三代秀石|株式会社 堀口切子)

 

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