日本人ほど温泉が好きな民族も珍しいでしょう。火山列島である日本には数多くの温泉が存在しており、高温多湿の気候で汗をかきやすいなか、衛生的な生活をするために体を洗う習慣が発達したという説もあるようです。
思想的には、入浴は“みそぎ”に通じます。例えば、古事記にある「イザナギ」と「イザナミ」の話。「イザナギ」は、火の神を生んだ時の火傷で絶命した妻「イザナミ」を黄泉の国まで追い掛けますが、その変わり果てた姿に恐れおののき、人間の住む地上へと逃げ帰ってきます。その時、体を洗うことで黄泉の国の汚れをはらったそうです。日本人が入浴で体をきれいにする行為と関係があるのかもしれません。
温泉は、古事記、日本書紀、万葉集といった古い文献にも記されています。代表的な温泉が、日本三古湯とうたわれる「有馬温泉」「道後温泉」「白浜温泉」です。中でも道後温泉は、3000年以上の歴史を持つともいわれ、聖徳太子が病気の治療に訪れたという逸話も残っているそうです。

もはや、日本人のDNAに刻み込まれているといっても過言ではない温泉。現代では、温泉好きが高じて、旅行を兼ねた温泉巡りを趣味にしている人も珍しくありません。
温泉巡りといえば、趣のある旅館とおいしい名物グルメ、温泉街の観光などが一般的な楽しみ方ですが、訪れるのが簡単でなかったり、他にはない特徴を持っていたりする、知る人ぞ知る湯を巡る「秘湯探訪」はという楽しみ方はいかがでしょうか?
そこで今回は、湯に浸かれば誰かにうんちくを語りたくなるような、唯一無二の珍しい温泉を「秘湯」と定義して、いくつかご紹介したいと思います。
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個性豊かな全国の“秘湯”13選
その温度差は日本一。氷上の露天風呂「然別湖畔(しかりべつこはん)温泉」(北海道)
北海道で一番標高が高い場所にある天然湖「然別湖」に厳冬期だけ出現する露天風呂。凍った湖の上に浴槽を設置し、湖畔の源泉から注いでいます。外気温との差が60℃以上になることもあるといい、間違いなく、日本一温度差が大きい温泉でしょう。
人里離れた“トド寝”発祥の地「古遠部(ふるとおべ)温泉」(青森県)
青森県と秋田県の県境付近・碇ヶ関の山奥にひっそりと佇む「古遠部温泉」。月明りが街灯代わりになるような大自然の中で、ナトリウムやカルシウムがたっぷりと含有された源泉かけ流しの温泉を楽しめます。古遠部温泉の特徴はなんといっても“トド寝”発祥の地であること。浴槽から溢れ出る温泉が浴室の床を浸し、その浅瀬のような床の上で洗面器を枕にしながらトドのように横になる様からその呼称が生まれました。脱衣所にはトド寝に関しての注意書きがあったり、常連客は「トドる」と口にしたりと、すっかり定着しています。朝と夜の一日2回、浴槽のお湯を抜いて清掃するところもこだわりの表れです。
効能は抜群なのに恐ろしいほど不味いお湯「国見温泉 石塚旅館」(秋田県)
開湯は江戸時代末期の文化文政時代。南部藩の殿様の隠し湯といわれており、かごに乗り、道なき道を切り開きながら湯治に来たという逸話があります。黄緑色の湯色も珍しいのですが、唯一無二の秘湯として取り上げた理由は飲泉にあります。硫化水素の臭いが強く、少し口に含んだだけでわかる、その驚きの“不味さ”。この面白さから、一部温泉マニアから人気を誇る秘湯です。
日本で唯一。間欠泉を直接浴びられる「湯ノ沢間欠泉 湯の華」(山形県)
美しいブナの原生林が生い茂る林道を抜けると出現する秘湯。温泉内には熱水や水蒸気が一定周期で噴出する間欠泉が存在しています。間欠泉自体は珍しくありませんが、そのほとんどは高温。しかし、「湯の華」の間欠泉は35℃というぬるい温度が特徴で、日本で唯一、直接浴びることができます。1時間ほど自噴している時もあれば、1時間以上、噴出しないこともあるといい、その気まぐれな様も秘湯らしいところ。冬季は雪で閉ざされるため、5月〜11月初旬の期間限定で営業しています。
油の臭いが立ちこめる“迷”湯「新津温泉」(新潟県)
平成の初頭まで、新潟県には日本一の産油量を誇った「新津油田」が存在していました。同地域にある「新津温泉」は、油田を掘ろうとしたらお湯が出てきたため、急遽、温泉に路線変更したものなのだとか。温泉なのに石油臭がして体にまとわりつくようにオイリーという、知る人ぞ知る名湯、いや“迷”湯といったところでしょうか。
日本一の鉄分含有量でお湯が真っ黒「大出館 墨の湯」(栃木県)
その名の通り、真っ黒なお湯が珍しい秘湯。その秘密は豊富な鉄分です。普通、鉄分が多い温泉は茶褐色になるため、黒色なのは日本で唯一「墨の湯」だけといわれています。お湯に浸かると黒い湯花が体に付着し、桶にくんだお湯にタオルをつけると真っ黒に染まるほど。鉄分が多いので、貧血気味の人には、飲泉も勧められています。
天狗が見守る関東の秘湯「北温泉旅館 天狗の湯」(栃木県)
那須温泉郷で江戸時代から営業を続ける老舗「北温泉旅館」。プールほどの広さがある「泳ぎ湯」、目の前に流れる滝や渓流を眺めながら入浴できる「川原の湯」など個性に富んだ温泉が多くありますが、北温泉旅館の名物はなんといっても「天狗の湯」。浴室に入ると2m近い存在感のある天狗の面がお出迎え。頭上で入浴客を見守ります。2012年に公開された映画「テルマエ・ロマエ」にも登場し、話題になりました。温泉は源泉かけ流しで、注ぎ口には良い泉質である証拠の湯の花がびっしりと付着しています。宿泊なしでも(男性のみ)入浴できるため、歴史を感じるたたずまいとともに日帰り旅をしてみるのもおすすめです。
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通称は「雲上の湯」。日本一高い所にある露天風呂「八ヶ岳 本沢温泉」(長野県)
八ヶ岳にある山小屋の温泉「本沢温泉」。標高2,150mの高さにある露天風呂で、硫黄岳の爆裂火口を望む景色と小海・野辺山方向の風景が素晴らしい秘湯です。交通手段は徒歩のみですが、特に険しい山道というわけではないため、トレッキング気分で訪れることが可能です。

露天ではなくもはや“野天”。自ら掘る温泉「切明温泉 川原の湯」(長野県)
この温泉には名前がなく、川原の湯は通称。他にも河原野天風呂などとも呼ばれています。切明温泉を流れる信濃川の川原をスコップで掘るとお湯が湧いてくるので、石を積みながら湯船を作り、川の水で温度調整しながら入るという野趣あふれる秘湯です。
世界遺産に登録された温泉「湯の峰温泉 つぼ湯」(和歌山県)
「つぼ湯」は熊野本宮大社の参拝者が身を清める湯垢離場(ゆごりば)として世界遺産に登録されています。天然岩のお風呂を板で囲っただけの素朴な建物。一度に2〜3人しか入れないので、30分交代制。日に何度か色を変えることから「七色の湯」とも呼ばれています。
日本三大美肌の湯「斐乃上荘 斐乃上温泉」(島根県)
ヤマタノオロチ退治の伝説で古事記にも登場する船通山の麓で、多くの秘湯マニアを迎える「斐乃上荘 斐乃上温泉」。泉質はアルカリ性の単純温泉で肌触りが柔らかく、角質や余分な皮脂を洗い流してくれるため、美肌効果が抜群。疲労回復や冷え性の改善にも効果が期待できます。斐乃上温泉はその泉質の良質さから、喜連川温泉(栃木県)、嬉野温泉(佐賀県)と並んで日本三大美肌の湯にも選ばれています。
浸かるだけで全身泥パックができる「別府温泉保養ランド 紺屋地獄 鉱泥浴場」(大分県)
適度な噴気、腐食粘土層、ミネラル水という三大条件の下にのみ産出される鉱泥を持つ温泉。普通の温泉より比重が重いので、入ると浮力が働き浮遊感を味わえます。そのため、入浴のためのつかまり棒が設置されているのもユニークです。成分が濃厚で浸透が早いので長湯は禁物。ちなみに、別府には他にも「鉱泥温泉」があり、それぞれ泥の粘度などが異なるので、入り比べてみてもいいでしょう。
【ワンルームが1LDKになる新プラン】
入浴可能時間は1日にわずか4時間だけ。海の底から現れる「平内海中温泉」(鹿児島県)
縄文杉で有名な屋久島にある温泉。1日2回の干潮時のみ、潮が引いてその姿を現します。当然、眼前は大海原。波の音を聞きながらゆったりと湯を堪能できます。おすすめは夜。満点の星空や月明かりに照らされた幻想的な海を眺めながらの入浴は他では味わえません。秘湯らしく、脱衣所などはないので注意しましょう。

奥深い秘湯巡りの旅へ
環境省の「平成28年温泉利用状況」によると、日本には温泉地数(宿泊施設のある場所)が3,000ヵ所以上、温泉付き宿泊施設は1万3,000以上あるとのこと。秘湯に限定して足を運んでも、なかなか巡りきれるものではありません。旅行や出張のついでに、その土地で有名な秘湯を巡ってみると楽しいかもしれません。その際は、湯の花などのお土産を買ってきて入浴で使えば、自宅でも秘湯気分を味わえるかもしれませんよ 。
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