100年に一度の再開発。
生まれ変わる「渋谷」の今
100年に一度の再開発。生
まれ変わる「渋谷」の今

2019.02.14

現在、再開発真っただ中の渋谷。この大規模な工事は、1964年(昭和39年)に開催された東京オリンピック以来といわれています。今でこそ、日本屈指の繁華街として知られる渋谷ですが、今から100年ちょっと前には、まったく別の姿をした渋谷がありました。過去から現在にかけて、渋谷という街はどのような変化を遂げてきたのでしょうか。

渋谷駅の誕生

渋谷駅が開業したのは、今から134年前。1885年(明治18年)のことでした。当時はまだ、渋谷区は存在していません。東京府豊多摩郡の中にある、渋谷町、千駄ヶ谷町、代々幡町という3つの町に分かれていたのです。

駅はできたものの、なんと開業日は、利用者が一人もいなかったそう。渋谷駅のはじまりは、そんな寂しいものでしたが、明治末期に転機が訪れます。きっかけは、鉄道の進化によるものでした。

山手線が複線化し、さらに鉄道の動力が電気へと変わったのです。そして、路面電車の玉川電気鉄道が開通し、玉川(現在の二子玉川)と渋谷がつながるようになると、みるみるうちに人の流れが生まれます。

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こうして、利用客の少なかった渋谷駅は、“都市と近郊を結ぶターミナル駅”として発展していくことになりました。駅の周辺には、商業地域が形成され、映画館、飲食店が次々にオープンしていきます。現在の渋谷のベースが整ったのは、まさにこの時期といえるでしょう。

かつて表参道に建っていた鉄筋コンクリート造りの「同潤会青山アパートメント」。現在は跡地に表参道ヒルズが建設されている

大正時代に入る頃、今度は、都市に暮らす人々の生活スタイルに、変化が訪れます。都市部への大規模な人口流入によって、都市文化が勃興した結果、サラリーマン家庭が急増したのです。それに伴い、都市近郊では宅地化が進み、応接室や玄関は当時の日本の住宅に多かった引き戸からドア(開き戸)に変わるなど和洋折衷の「文化住宅」が人気を集めました。また、住宅の耐久性を高めた鉄筋コンクリート造りの集合住宅「同潤会青山アパートメント」が建設されたのもこの時期です。住宅を増やした渋谷には、いっそう、人々が流入していくようになったのです。

そして1932年(昭和7年)、ついに、渋谷、千駄ヶ谷、代々幡という3つの街が一つになり、渋谷区が誕生しました。ちなみに、今や待ち合わせの定番スポットとして有名な「忠犬ハチ公像」が駅前に設置されたのもこの時期です。関東発のターミナル・デパート、東横百貨店(現在の東急百貨店)も開業し、渋谷は新宿池袋と並ぶ、東京西部地区有数の繁華街となっていきます。

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一度は焼け野原に……戦後、復活を遂げた渋谷

このまま順調に成長していくかに思えた渋谷ですが、危機は突然訪れます。第二次世界大戦です。空襲によって、区の約77%が焼失してしまった渋谷の街は、辺り一面が焼け野原となり、復興は絶望的かに思えました。

しかし、渋谷の人々は再び立ち上がります。バラックを造り、そこで生活を始めたのです。駅前には闇市が立ち並び、大変なにぎわいだったといいます。

また、敗戦国だった日本は、代々木に米軍の将校用住宅地を造ることを命じられます。それが「ワシントンハイツ」です。面積は約92.4万㎡。さながら、渋谷の中にアメリカの街が一つできたかのようだったといいます。広い芝生や大きな冷蔵庫がある広い洋式住宅に、日本人はどれほどカルチャーショックを受けたことでしょう。ワシントンハイツにある邸宅は、憧れの象徴だったのです。

その後、ワシントンハイツは返還され、跡地には国立競技場など、オリンピックの主要施設が造られました。

東京オリンピックの効果もあり、渋谷は急速に復興し、戦前の活気を完全に取り戻します。東急文化会館や、東急百貨店といった、大型デパートが続々とオープンしていきましたが、なかでも、1973年(昭和48年)、公園通りにオープンした「渋谷PARCO」は、現在につながる渋谷の若者カルチャーの原点ともいえる存在でした。

渋谷の街の中心に位置する「渋谷109」。渋谷の街を見守りながら新たなカルチャーを発信し続けている

東急ハンズ、渋谷109が立て続けにオープンすると、いよいよ渋谷は流行や文化に敏感な若者の聖地となります。若者の街としての渋谷が隆盛を極める一方で、90年代末頃からは、ベンチャー企業が渋谷に集まってきます。アメリカのシリコンバレーになぞらい、「ビットバレー」という言葉も生まれるなど、新たなカルチャーの風が吹き始めたのです。

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若者の街からグローバルな街へ

現在、渋谷駅周辺の各エリアでは、再開発の工事が着々と進められています。100年に一度といわれる大規模工事の先陣を切ったのは、2012年(平成24年)にオープンした「渋谷ヒカリエ」でした。それに続くように、2013年(平成25年)には、東急東横線の渋谷駅が地下に移設され、東急東横線の地上部の線路跡地には「渋谷ストリーム」がオープンしました。地上35階、都会のシンボルとしてふさわしい高層ビルですが、隣接する渋谷川では清流を復活させ、自然を感じられるスポット「新しい遊歩道」をつくり、人々の憩いの場となっています。

東急東横線跡地にできた新たな渋谷のシンボル「渋谷ストリーム」。渋谷川のせせらぎと相まって、都心とは思えないような落ち着きを演出する

渋谷川に沿って道を進むと、渋谷エリアと代官山エリアの架け橋となる複合施設「渋谷ブリッジ」も、にぎやかな街に温かみのある彩りを添えています。

今年の秋には、若者カルチャーの原点「渋谷PARCO」がリニューアルオープンします。地上19階の複合ビルに生まれ変わり、ショッピング施設に加え、クリエイター育成施設や劇場も設けられる予定です。

また、同じく今年の11月には、地上47階建ての屋上に配置された展望施設や産業交流施設、多業種のオフィスを構えた渋谷エリアで最大級となる複合施設「渋谷スクランブルスクエア 東棟」が開業を控えており、中央棟、西棟も合わせると2027年に完成予定という大再開発プロジェクトとなっています。

さらに、渋谷駅西口の東急プラザ渋谷跡地で行なわれていた再開発も、間もなく完成を迎えます。新たな建物の名称は「渋谷フクラス」。“福を膨らます”という意味が込められた本施設の2~8階、17階、18階には新東急プラザが開業します。その他にもアパレルブランドや飲食店、外国企業向けのオフィスや、空港リムジンバスの発着場、観光支援施設の整備などが予定されています。

渋谷駅は、今では国際的な観光スポットでもあります。駅前のスクランブル交差点では何千人という人々が行き交う様子を撮影するため、外国人観光客たちがカメラを持って待ち構える姿を見ない日はありません。

人がほとんどいなかった134年前の渋谷からは、想像もつかない未来が今、訪れているのです。時代ごとにそのイメージを自在に変えてきた街、渋谷。今度は、私たちにどんな姿を見せてくれるのでしょうか。

※2019年6月17日、最新の情報に合わせて加筆修正しています

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