煉瓦建築の北の名所「小樽
運河・倉庫群」
煉瓦建築の北の名所「小樽運
河・倉庫群」

2019.02.14

国内屈指の観光地として人気の北海道・小樽。運河沿いに煉瓦造りの歴史的建造物や倉庫群が数多く立ち並ぶノスタルジックな景観は、国内外から訪れる多くの観光客を魅了しています。

物産館や歴史博物館ばかりでなく、近年ではおしゃれなレストランやカフェ、アイスクリーム屋などもこぞって出店。まるで街全体がテーマパークであるかのようなにぎわいをみせます。また、現代的な商業施設のみならず、吹きガラスや和紙染めといった伝統工芸の制作体験ができるなど、伝統と革新を融合させた個性的な街に。そんな小樽の煉瓦造りの建物と景観がおりなす街並みを運河から眺める「小樽運河クルーズ」も人気で、今や代表的な観光ルートになっています。

こうした古さと新しさが同居した情緒あふれる煉瓦建築の風景は、当然のことながら一朝一夕にできたものではありません。ここでは「小樽運河・倉庫群」が現在の姿を形作るに至った歴史に思いをはせてみましょう。

戦国時代から連綿と貿易を支えた小樽

小樽市の歴史は古く、豊臣秀吉の時代にはすでに商いの場として栄えていたといわれています。明治時代になってかつての蝦夷地から「北海道」という名前に改められ、札幌に本府が置かれると、そこから北西約30kmに位置する小樽は本府との海陸連絡路として重要な役割を果たしました。道内で産出された石炭などの鉱物や農作物、海産物を本州へと送り出し、逆に札幌を中心とする道内へは開拓のための建築資材を運び込む拠点として活躍したのです。明治時代中期には国内の交易だけでなく外国貿易港としても開かれ、街はますます発展を遂げていきました。

煉瓦造りの建造物を眺めながら遊覧する「小樽運河クルーズ」。当時の物流の様子が想起される

小樽運河が築かれたのは1923年(大正12年)のこと。それまで大きな船で届いた物資は一旦、沖合で艀(はしけ)と呼ばれる小舟に積み替えてから倉庫へと運ばれていたのですが、流通量が急激に増加し、既存の港では追い付かなくなってしまったのです。艀を倉庫に横付けし、素早く荷下ろしできる運河の建設が必要不可欠でした。

運河の建設に当たっては、一般的な内陸を掘り込む方式ではなく、国内唯一の沖合埋め立て方式を採用。元々の海岸線が生かされているため、運河の流れが一直線ではなく、緩やかに湾曲しているのが特徴です。運河沿いには倉庫群が、小樽市街銭函周辺には金融機関や官公庁、商社の社屋、ホテルなど豪奢な建物が建ち並び、「北のウォール街」と呼ばれるほど繁栄しました。現在見られる風景は、その頃の名残。こうして日本のどこにもない、独特の景観がつくり出されたのです。

大正から昭和へと時代が移り、ニシン漁の不振や石炭から石油へのエネルギー転換といった要因によって、小樽港は徐々に衰退していきます。また戦後になって大きな船から直接、荷下ろしできる埠頭が建設されたことにより、運河も役目を終えました。しばらくの間は放置されていましたが、1960年代に運河を埋め立て、倉庫群を取り壊して新たに道路を建設する計画が発表されます。しかし、これを良しとしなかったのは、小樽ならではの景観を愛する市民でした。歴史的建造物を守るための市民運動が展開され、10年にもおよぶ行政との議論が展開されます。これが「小樽運河論争」と呼ばれるもの。結局、運河の幅の半分を埋め立てて道路とし、残りは散策路を整備することで議論が決着。1986年(昭和61年)、小樽運河は現在の姿となりました。現在、私たちが情緒溢れる景観を眺めることができるのは、当時、歴史的建造物を守るために戦ってくれた市民たちのおかげなのです。

機能性とデザインを兼ね備えた倉庫建築

小樽市では運河沿い、市街地、岬周辺に残る80を超える建物が歴史的建造物に指定され、今も大切に保存されています。明治、大正、昭和初期の面影をそのままに残す街並みは世界的に見ても希少。よく見ると、建物は一つひとつが個性的な造りをしています。

例えば運河沿いのよく目立つ所に建つ「旧小樽倉庫」。中庭を囲む石造りの大倉庫がふたつ左右対称に並び、それに挟まれる形で赤煉瓦造りの事務所がたたずんでいます。瓦屋根の上には往事の栄華をうかがわせる鯱(しゃちほこ)が存在感を放ち、ユニークな意匠で私達の目を楽しませてくれます。

二重のアーチがまるで微笑んでいるかのように街を見守る旧大家倉庫

二重アーチのある外壁と二階建ての構造で、正面から見ると平たくなった教会のようなシルエットを持つのが「旧大家倉庫」。元々、海産物商の倉庫として建てられた建物ですが、近年、おもちゃ博物館として再利用されたこともあるそうです。可愛らしい外観にぴったりですね。

ところで、これら建物の内部に入ったことのある方は、その不思議な空間に驚かれたのではないでしょうか? 外壁は石造りや煉瓦造りであるにもかかわらず、内部には木材を使った柱や梁が存在するのです。これは「木骨石造」「木骨煉瓦造」という、明治中期から大正中期の建物に用いられた独特の工法。木材で骨格をつくり、その間に石材や煉瓦を挟み込んで固定することにより、軸組と壁の両方で荷重を支える強固な構造です。夏は涼しく冬は暖かいのが特長で、防火性が高く、工期も比較的短くて済むという特性が倉庫に適し、当時の商人たちによく好まれました。

現在残っている「木骨石造」「木骨煉瓦造」の建物は、ほとんどが100年以上前に建てられたもの。風雪に耐え、外壁に使われる石や煉瓦の角は欠けて丸くなっても、それが趣きと感じられます。一方で、随所に適切な修復が施されている点も見逃せません。外壁や屋根瓦は当時としては頑丈な資材が使われましたが、やはり経年による老朽化はやむを得ないところ。そこで、建物ごとの老朽度合いに応じて適切な修復を施し、かつ景観を損なわないよう古びた風合いを与える……といった、きめ細かな処理が施されています。

語り継がれる小樽の風景

小樽の歴史を今に伝える、運河周辺の煉瓦造りの歴史的建造物や倉庫群。それは商業都市として発展してきた証であると同時に、小樽を愛する人々が景観を守るために費やしてきた努力の結晶なのです。

過去から現在、そして未来へ。あたたかみのある煉瓦造りの建物群と、その景観を擁した小樽運河は、流れをせき止めることなくゆるやかに、そして着実に時を刻み続けることでしょう。

 

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