江戸から明治へと時代が移りゆく中、流れ込んできた西洋文化の強い影響を受け、日本の近代建築は進化していきました。そのダイナミックな進化の実験場になったのが、明治期に本格的な開拓が始まった北海道です。
北海道大学・札幌農学校第2農場(明治10年築)や札幌時計台(明治11年築)、豊平館(明治13年築)といった木造建築は開拓黎明期をしのばせますが、威風堂々たる赤煉瓦造りの「北海道庁旧本庁舎」も見逃せません。
札幌っ子に“赤れんが(庁舎)”と親しまれてきた北海道庁旧本庁舎。1888年(明治21年)に創建され、昭和期の復元修理工事を経て、現在の姿を見せてくれています。開拓の苦闘、そして北海道の中枢として発展した札幌の時の流れを見守ってきた北海道庁旧本庁舎の歴史をひもといていきましょう。
北海道開拓の歴史を象徴する赤煉瓦建築
戦前に建てられた道府県庁舎は全国にいくつか残っていますが、現役で使われている最古の建物が北海道庁旧本庁舎です。
明治期の建築らしく、西欧諸国のバロック様式を巧みに取り込んだアメリカ風のネオ・バロック様式を採用。全体で約250万個も使われているという赤煉瓦は札幌近郊で焼かれたもので、コーナーストーンには札幌で採掘された硬石(安山岩)を使っています。明治21年の時点で、既に道産品で建築部材をまかなえるほど開拓が進んでいたことに驚かされますね。
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愛称にもなっている“赤れんが”の積み方は、小口(短い側面)と長手(長い側面)を交互に積む美しい柄のフランス積み(フランドル積みとも)。建物の外観を最も美しく見せる積み方として有名です。また、明かり取りの窓など随所に赤い星のマークがあしらわれていますが、これは開拓使の象徴にもなった北極星「五稜星」のモチーフ。骨太でワイルドなシルエットの庁舎ですが、細部にはこだわりの詰まったデザインも光ります。

そして、なんと言っても目を引くのはセンターにそびえるドームです。八角形のフォルムが印象的なドームは、その見た目通り「八角塔」と呼ばれ、19世紀のアメリカで流行していたものを復元工事の際に取り入れました。創建当時は塔の先までが33m、現在では12階建てのビルに相当する高さになっていたため、当時の札幌では、さぞ存在感があったことでしょう。
設計を手掛けたのは、平井晴二郎をチーフとする北海道庁の技術者たち。平井は明治維新後に渡米し、ニューヨークのレンセラー工科大学で土木・鉄道を学びました。そう、彼は鉄道建設を専門にする土木技師であり、建築家ではないのです。土木のエキスパートが道庁の設計を手掛けたというのは、なんとも北海道らしいエピソードなのではないでしょうか。
ちなみに、後年の平井は鉄道技師の最高位、鉄道員副総裁にまで上り詰めました。辰野金吾が東京駅を設計する際、副総裁また赤煉瓦建築の先駆者として、辰野をいろいろな形でバックアップしていたそうです。札幌と丸の内、それぞれ赤煉瓦の建物を設計した技術者として何か共感するものがあったのかもしれません。
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大火災の歴史を乗り越え、四季を彩るシンボルに
威風堂々の姿を札幌に現したこの庁舎ですが、竣工から20年余り、1909年(明治42年)に悲劇に見舞われます。地下の活版室からの失火により、赤煉瓦の壁体だけを残して建物は全焼。急ピッチで復旧工事が行なわれ、2年後に庁舎として稼働し始めましたが、八角塔は再現されませんでした。開拓初期のシンボルタワーとして屹立した八角塔が復活するのは、さらに半世紀以上の時間が必要だったのです。
1968年(昭和43年)、北海道百年記念行事の一環として、道庁舎の復元修理工事が行なわれます。この時、関係者が悲願としていた八角塔も満を持して復活。しかし、もともと設計構造的には無理があるものだったため、塔は鉄骨組みで軽量化され、セメントボードの上から煉瓦タイルを貼るという手法が採用されています。
札幌の歴史を見守った“赤れんが庁舎”を元の姿に……写真でしか見たことのない北海道開拓時代の八角塔を復活させたい。そんな市民の想いも後押しになったのでしょう。建築手法を模索した関係者の試行錯誤の末、旧本庁舎は創建当時の姿を取り戻すことができました。
1985年(昭和60年)には北海道立文書館に転用され、今なお現役の施設として多くの人を集めています。館内には北海道の歴史に関する記録、文書が閲覧できますし、「北海道」の名付け親、松浦武四郎が作った26分割の北海道地図のレプリカを展示する「北海道の歴史ギャラリー」など、見応えのあるコーナーが揃っています。
1969年(昭和44年)に国の重要文化財に指定された北海道庁旧本庁舎。厳しい冬には雪景色と青空、赤煉瓦がフォトジェニックな姿を見せ、ライラックが彩る北の夏には新緑と赤煉瓦のコントラストも圧巻。札幌のシンボルとして四季折々、さまざまな姿を見せてくれます。

また、外観だけではなく内装もシックで、正面玄関ホールには美麗な3連アーチがあり、バロック的なモチーフが随所にちりばめられています。記念室(旧北海道庁長官室)の天井の装飾は鉄板を型押したスチール・シーリングと呼ばれるもの。デコラティブな意匠が訪れた人々の目を奪います。
北海道開拓の代表建築とも呼べる北海道庁旧本庁舎は、苦難の歴史と市民の想いを積み重ね、令和となった今も、札幌の街を厳然と見守り続けているのです。
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輝き続ける五稜星とともに
赤煉瓦の威容と、細部まで精緻が凝らされた内装の対比は、厳しい自然と人々の文化が織りなす北海道そのものかもしれません。華々しい船出から突然の苦難、そして復元――幾多のドラマを見守ってきた赤煉瓦建築には、北海道が歩んできた歴史が反映されているかのようです。
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