「虎ノ門」が大きく変わる
。 高層ビル群による機能
的で豊かな街づくり
「虎ノ門」が大きく変わる。
高層ビル群による機能的で
豊かな街づくり

2019.07.18

2014年に華々しく開業した「虎ノ門ヒルズ 森タワー」。商業施設やオフィスをはじめ、レストラン、アトリウムなどを有した地上52階建て、高さ247mの超高層複合ビルは、東京を代表する新たなランドマークとして定着しつつあります。虎ノ門ヒルズ 森タワーだけでも十分な存在感を放っていますが、同じ“虎ノ門ヒルズ”の名を冠する3つの高層ビルが新たに虎ノ門エリアに仲間入りすることをご存知でしょうか。

それぞれの仮称は「虎ノ門ヒルズ ビジネスタワー」「虎ノ門ヒルズ レジデンシャルタワー」「虎ノ門ヒルズ ステーションタワー」。その中で、令和元年12月にいち早く完成が予定されているのが、虎ノ門ヒルズ  ビジネスタワーです。高さ185m、地上36階建てのこのビルは、1階にバスターミナルが併設され、空港とのアクセスを担うリムジンや臨海部と結ぶBRT(Bus Rapid Transit:連結バスやバス専用道などを組み合わせ、速達性・定時性・輸送能力の増大を確保したバスシステム)が発着します。また、東京メトロ銀座線の虎ノ門駅や、2020年夏の開業を目指す日比谷線虎ノ門新駅とも直結され、ビジネスの拠点でありながら、交通の拠点にもなる見込みです。さらに残りの2棟も、2023年までの完成が予定されています。

このほか、虎ノ門エリアには、高層マンションやホテルなど、新しい建物の建設が、いくつも計画されています。2020年に控えた東京オリンピック・パラリンピックに間に合うよう、現在、急ピッチで工事が進められているのです。

商業とビジネスの最先端の街というイメージの虎ノ門ですが、このような発展を遂げるまでには、非常に長い歳月が掛かりました。そんな虎ノ門が歩んできた歴史を振り返ってみましょう。

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古き時代の名残がある街

江戸時代、現在の虎ノ門一帯は、西久保という地名で呼ばれていました。それがなぜ、虎ノ門という地名になったのか。諸説ありますが、最も有名なのが、中国神話の四神から取ったとされる説です。

その昔、中国には青龍・白虎・朱雀・玄武という四神が、四方の方角を守ると考えられていました。青龍は東、白虎は西、朱雀は南、玄武は北がふさわしいとされており、江戸城の西、白虎の方角に位置していた門に「虎ノ門」と名付けられたのです。1873年(明治6年)に門は撤去されましたが、その後も近隣地域の俗称として使われ続け、1949年(昭和24年)に、正式な地名として虎ノ門が採用されることになりました。

虎ノ門が位置するのは、東京随一の高級エリアと言われる港区です。江戸時代、各国の諸大名の屋敷が数多くあったのが今の港区周辺でした。六本木には毛利家、汐留には伊達家、高輪には細川家、芝は島津家など、力を持った大名の屋敷がこの地域に集中して構えられたといいます。それらは明治に入ると華族(近代日本の貴族階級)が暮らす高級住宅地へと姿を変えます。今の高級エリアというイメージが確立された裏には、こうした背景が大きく影響しています。

現在も、虎ノ門を歩けば、随所に古き時代の名残を見つけることができます。地名の由来にもなった江戸城の虎ノ門は、現在の財務省のビルの前にありました。門の跡の一部は、外堀通りと桜田通りの交差点のすぐそばの、文部科学省脇に残っています。

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虎ノ門の街を守る「金刀比羅宮」。鳥居に珍しい特徴があり、青龍・白虎・朱雀・玄武の四神のモチーフが彫られている

虎ノ門駅の目と鼻の先にあるのは、オフィス街の一角で存在感を放つ「虎ノ門 金刀比羅宮」。同宮に祀られているのは、“こんぴらさん”こと香川県の金比羅宮の御分霊で、ビジネスにぴったりの「商売繁盛」の御利益があるそうです。

また、虎ノ門一丁目にある、虎ノ門葵坂は、かつてそこに立葵の花々が植えられていたため、その名が付けられました。その風光明媚な様は、江戸時代の浮世絵師・歌川広重の作品にも登場するほどです。街の開発によって坂道ではなくなってしまいましたが、道自体は今も残されています。

完成までに膨大な月日を要した環状2号線都市計画

1946年(昭和21年)、虎ノ門エリアの開発を語る上で欠かすことのできない計画、「東京都市計画道路幹線街路環状第2号線(以下、環状2号線都市計画)」が決定します。これは、江東区有明2丁目から、港区新橋、新宿区四谷を経由、千代田区神田佐久間町1丁目までをつないだ道路を作るという都市計画でした。そのうち、神田佐久間町から虎ノ門までの開通部分は、GHQが軍用道路を要求したなどの俗説からマッカーサー道路と呼ばれていました。

当初の計画では、環状2号線は全区間で幅員100mにすることが決められていました。しかしその後、幅員は40mに縮小されることになり、さらに地元住人の反対運動や用地買収が難航したことにより、計画は長らく頓挫することになったのです。

時は経ち、1998年(平成10年)、東京都が、道路を“地下化”することで地元民の理解を獲得。2002年(平成14年)に、立体道路制度を活用して都道の上にビルを建設する構想を発表し、これに森ビル株式会社が参画を決定。ようやく開発事業が再開されることになりました。こうして、2014年(平成26年)6月、虎ノ門ヒルズ 森タワーが開業したのです。

同年3月には、新橋~虎ノ門間をつなぐ、環状第2号線も開通しています。本線は地下を通り、地上は幅13mの都内最大級の(自転車専用レーンを含む)歩道がある豊かな街路空間になっています。この歩道の愛称は、公募により「新虎(しんとら)通り」に決まりました。

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自転車専用レーンも設けられた「新虎通り」。沿道の栽植も緑豊かで、都心とは思えない開放感を演出する

新虎通りは、東京オリンピック・パラリンピックの際に、選手村とスタジアムを結ぶための道路として使われます。それに伴い東京都は、「東京シャンゼリゼプロジェクト」と銘打ち、幅の広い歩道を生かしてオープンカフェを展開するなど、新虎通りを国際色豊かなプロムナードにすることを発表しています。

2020年東京オリンピックからその先へ

再開発の一部については、2020年(令和2年)の東京オリンピックまでの完成を目指しており、全ての計画が終了するのは2022~23年頃を予定しています。環状2号線、地下トンネル部の整備も、引き続き行なわれており、全線開通は2022年(令和4年)頃の予定です。

着々と再開発が進む虎ノ門。建設中のビルは「虎ノ門ヒルズ ビジネスタワー(仮称)」(画像右)

国際的なビジネス・交流拠点としての特徴ある街づくりを目指す虎ノ門。再開発が完了したあとの街は、私たちにどんな驚きを与えてくれるのでしょうか。虎ノ門の進化から、ますます目が離せそうにありません。

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